~展覧会に寄せて その2(1998年以降)~

<<2002年4月12日~4月29日 市野英樹個展に寄せて>>
「 坐る・スワル・SUWARU 」


私は、市野 英樹という画家が、
戸外をモチーフにして描いた絵というものを
まだ見たことが無い。
室内に坐る人物像が、彼の若い頃からの
一貫したテーマである。
かつてその生涯の多くをアトリエの窓から
差し込む弱い柔らかな日ざしの変化の中で、
装飾性の無い花瓶や水指し、鉢などの器を
くる日もくる日も変わること無く
描き続けることで日がな過ごした男が居た。
イタリアの画家・モランディである。
私は、彼の作品を初めて観た時、
「何の変哲も無いこの静物をどうして
こうも繰り返し描くのだろう?
それにしてもこの単純な色使いが、
又魅力的なのは何故なのだろう?」と
不思議に思った。
カタログを閉じてしまった後も彼の描いた
その静物像はしっかりと私の脳裡に刻まれ、
いつまでも忘れることがなかった。
モランディの描いた実在感のある静物は、
こうして私を感服させとりこに
してしまったのだ。
市野 英樹の作品に話を戻そう。
作家がこれまで執拗に追い求めてきた
絵画の本質は、瞑想的かつ構成的で、
形態をより完全なものとして
実在感のある人物像を画布に定着させる
行為であったと言って良い。モチーフと
色彩こそ異なるが、私にはモランディと
同じ精神的指向と魅力を感じて
やはり感服してしまうのだ。
実際私の「さんじんサン」(山の神)も、
当画廊の平月の企画展で、コレクションの
市野英樹作品を飾ると決まって
「何か、美術館に来て観ているようね!」
と語る。そう彼の作品には、長い年月、
厳しい目利き達の鋭眼に耐えて美術館に
展示されてきた傑作の持つ歴史の重みを
感じさせる作品と同様に威風堂々とした
一種独特な風格が有るから、
イタリア美術好きの「さんじんサン」も、
ついそう言いたくなってしまうのであろう。
市野 英樹は、1982年の刊行の
「名古屋造形芸術短期大学
(現在の名古屋造形芸術大学)
研究紀要第5号」の小冊子の中で
次のように語っている。
「、、、人物像の実在感をどうしたら
表現できるか調子・色・形・構図等
思考錯誤した結果が、
マチエールとして残りました。、、、、」
又「具体的な人物の形態は
消えても良かった、、」
とも書いている。つまり作家にとって、
世間的な意味でのちょいとばかり
美しく見せようとか見せ掛けの
ダイナミズムなどという姑息な手法や
誇張は無用である。もっと自然体で、
限り無く人物像の本質を見極めて
いくことこそ重要で、よりリアリティの
ある作品として描くことが画家の本分
であると十分心得ているのである。
通常の作家なら人物像に於いて、衣裳や
しぐさ、顔の表情といったことに
とらわれがちだが、絶えまなく移り行く
人物像の本質は、それだけでは見えて来ない。
だからこそ具体的な人物の形態が
消えることになってもそこにうごめく
変わらぬ人物の本質が実在していることを
画布に留めることが出来るなら形態を
捨てても良いと遠い昔から市野 英樹は
気付いていて、
ただ黙々と実践してきたに過ぎない。
市野 英樹の沈思黙考する精神のあり方を
具体化するために「坐る」というテーマも又、
画家本人は、「何故か分からないが、坐る形に
興味が湧く、、」と語るが、
彼がこれまで繰り返し描いてきた
自ら希求するところと実は
見事に符合しているのだ。
「坐右の銘」「坐談」などの言葉にも
使われたり、またお釈迦様は坐して
深く瞑想することで、悟りの境地に
到達し得たことは、感慨深い。
嘲笑をこめた野球用語の「スタンドプレイ」
も「シットプレイ」とは言わない
ところをみても、立ち上がって興奮して
騒ぐことが、ろくなことにならないのは
自明の理である。
兼ねてより私は、市野作品が居間ではなく
不思議と書斎のような知的な空間に
置かれた時、その真価を発揮するのは、
市野 英樹のこの絵画制作態度が
もたらすものと思っているが、
賢明な諸氏はどのようにお考えであろうか?
今回の当画廊での展覧会では、作家には、
ペンとコンテという画材を用いて
描いていただいた。
総点数として普通に考えれば、
決して多い点数では無いが、
ペンとコンテだけでこれだけの点数を
揃えて行う展覧会としては、市野 英樹の
画家生涯では初めてことである。
市野 英樹のこれまでの
作品を目の当りにしてきた多くの方達は、
すでにお気付きになられたかもしれないが、
今展覧会の特徴はなんと言っても次の点にある。
これまで彼の油彩画や水彩画などに於いては、
人物像をより実在感あるものにしたいという
思いから、絶えず交錯しては揺れ動く画家自身の
裡に突き上げて来るイメージを捕捉する
手段として複数の線を何本も塗り重ねていく
作業は必要不可欠なことであった。
また、塗り重ね更正し直すことで
作家のイメージをより堅固に出来るという
利点を併せ持っていた。
今回は、ペン画もコンテ画も、用いる線を
出来る限り少なくして、なおかつ表層的に
陥らないように人物の動きと存在感を
描き切る工夫をしている。モノクロの線描と
数少ない色彩に限定したことに
最初とまどいがあった様子であるが、
作業をし始めると楽しくなったと語っている。
ペン画に於いて特にそのように
感じたとも述べている。
今までの市野 英樹の一筆一筆の要素は、
想像は出来てもなかなか見ることの
出来なかったものであるが、今展では、
これを一挙に公開したことに
是非ご注目をいただきたい。
華かさとは縁遠いこれらの作品は、
いづれも描かれた人物の寡黙な精神と
穏やかな生命の鼓動が聞こえてくるような
良質な作品に仕上がっていて、
さすが実力者と思わせるものがある。
また、慎重に吟味された明瞭な人物の
形象には、描き進める中に喜びを
見つけたという画家魂と作家周辺の夫人を
はじめ愛すべき人達への思慕の情を
感ぜざるを得ない。
じっくりと作品をご鑑賞いただきたいと
願う次第である。
さらに奥の応接室に展示したこれまでの
油彩等の参考作品と見比べながら、
今度の展覧会を通じて今日の
日本では数少ない、実在する真の形象を
希求する画家、市野 英樹の魅力を
ご堪能いただければ、
今展を企画した画廊主として本望である


<<2001年6月15日~7月1日 平沢重信個展に寄せて>>
平澤の、平澤の緑青

   

 およそ自然界の人間を含む動物達が
持ち合わせる「視覚、聴覚、臭覚、味覚、
触覚」の5感といわれるものについては、
各動物達が天性固有に持つ優劣の差は
あるにせよ、人間も動物も一応
等しく神から付与されている。この点では、
動物と人間を峻別する手立てが無い。
例えば聴覚について言えば、サイレンの音を
聞くと我が家の近所の犬達は一斉に
けたたましく叫び、不安をさそう。
軽快な音楽を聞かせるとインコの類の鳥達は、
音楽に併せて鳥篭の中を
激しく飛び回る。
臭覚、味覚、触覚についても好き嫌いは
別にしても、良い香りと嫌な香りを
峻別するし、旨いものは、やはり多くの
動物達も旨いと感じる様である。
触覚についても同様で、
自分の気に入った相手が触れて来る
ような場合には、大概警戒心を解いている。
視覚についても基本的には、変わる処が
無いが他の4要素と大きく異なる点がある。
一般に動物達は、自らの眼や声や耳、
羽根や爪や角やくちばしなどの5要素を
つかさどる身体的特質を生かし道具として
利用し、自らの生活の糧となるものを
創造することは出来る。
しかしながら、眼で見たものを記憶し、
描くことによって再現して見せるという
行動は人間に唯一与えらられたものである。
(カワセミが、釣り人の疑似針などを利用して
魚を釣る様子を見て、葉を浮ばせて
葉に寄って来る魚を捕らえるという行動を
見たことがある。
これは、視覚を使って人間の行動を記憶し
再利用した珍しい例であるが、
厳密には描く行為とは言えないだろう)
人間が、他の4要素を駆使して感じたものを
頭脳を使って想像し、眼でみた通りに
再現したり、新しいものを創造出来る能力
こそが、神が人間にお与えた下さった
知恵という最も優れた知的な所産なのである。
前置きが多少長くなったが要するに、
人間のみに付与された絵を描くという行動を
とる時、人間は最も人間らしい時間帯を
過ごせるはずなのである。
だからこそ子供の頃は皆誰でも、
親の指図を特別受けなくても、
黙って自らの脳裏に浮んだ造形を
紙に描くことで満足していたのだ。
それを周囲の小賢しい大人が、
旨いだの、ここが違うだのと云ったり、
よその子と比較するものだから、
たいていの子は、絵を描くことが
嫌いになってしまい、さらに子供の知性の
発展をも阻害することになるのだ。
平澤の作品を見ると、いつもこの絵を描く
と云う原点を思い起こさせるのである。
平澤の作品は人間のみが持つ絵を描く行為に
最も素直に向き合っている。
自らの脳裏に浮ぶ様々な形象が、
長い月日の間に千変万化して複雑な情感を
抱えながら消えては浮び、
より高度な知性で書き直すことはあっても
自らの生活実感を膨大に誇張する必要も無く、
有りのままの等寸大で描いていく姿勢を
終止貫いている点を、私はいつも
好感を持って眺めて来た。
平澤作品に描かれた次元は、
平澤の裡にある現在なのである。
獣医でもある平澤は、
絵の中にしばしば動物を登場させる。
常日頃眼にする人間の喜怒哀楽の日常を、
動物たちの姿形の中にも投影させるが、
それは時として平澤自身の内面でもあるのだ。
今回の作品でいえば「無言」「彼方へ」
「NEKOをまつ日」「夢を追う者」などに
みられる“孤高の人物”のように凝視する
視線や徘徊する姿、又「卓上のNEKO」
「忘れていた日に」「7月のカタツムリ」
のように穏やかな精神の日々を
感じさせる作品、いずれも秀逸で
皆動物を描いているが実は自らの
実感を表している。

さらに平澤の作品には、哀感のただよう人物が
よく登場するが、今回も「顔」「揺れる6月」
「8月の彼方」などこんな人物にひょっとして
出会ったら、そっと手をさしのべたくなりそうな
そんな気にさせる平澤の天性の詩的な部分が
十二分に生かされた佳作である。
人物や動物を点景にして平澤の脳裏に浮ぶ、
好きなものを、そう丁度幼児が一心不乱に鼻歌を
歌いながら描いている時のように、
最も平澤的な典型作品といってもよい作品が、
「いつかみた風景」であり
「初めての場所」である。
特筆したいのは「Tea・Pot」と
「知らないところへ行く人」である。
二つとも摩訶不思議な絵である。
このティーポットは、
誰の為に湧かすものなのであろう。
このポットの囲わりには、まるで時計の
文字のように鳥や木、犬や人物
そして訳の分からない物が
取り巻いている。ポットがぐるぐる廻って
止まった先の口の指す方向に何やら意味が
ありそうで占いのカードを見ているような
気になって来る。
そしてこの首から下が羽根の足になっている
人物はいったいどこへ向おうとしている
のであろう。足が軽い羽根になっているので
さぞかし気軽で、何所へでも飛んでゆける
ことだろう。今くぐろうとしているアーチの
先は、きっと楽園なのかも知れない。
人物や動物の姿が消え建物を中心に描いた
「朱の午後」「思い果てぬ午後」
「流れゆく日」などの作品は、平澤自身の
感性を抑制し造形思考を優先させた分、
物静かな作品になっているが、
むしろこれは平澤自身の休息を
意味しているようだ。今展では、
平澤の赤を中心にした作品が多いが、
その赤を補完する平澤の緑青は、
随所に効果的に配置され使われているが
「8月の傾斜」「訪問者」のようにその関係が
逆転して表現されている作品もある。
平澤の内面に潜む最もプリミティブな
絵を描く楽しみや喜びを敢えて赤と云う色で
たとえるならば、平澤自身が幼児体験から重ねて来た
詩的なものへの憧憬と育まれた知性は、
平澤の緑青と云われるカドミウムグリーン系列の
色彩の中に凝縮されていると言って良いだろう。
長い年月に渡って奇を衒わず、
深刻にも大仰にも傾かず等身大のまま、
感じるままにリアリティ溢れる作品を制作し続ける
天衣無縫の詩人画家、平澤 重信の魅力を
今展を通して尚一層深く味わっていただければ
この上ない喜びである。
2001年6月 梅雨の頃


<<2000年11月10日~26日内野 郁夫個展に寄せて>>
「追憶の記」

画家、内野郁夫がここ数年取り組んできた
「微光シリーズ」のその静謐で
安らぎと 神秘に満ちた小宇宙の世界は、
内野郁夫の持つ本質が明確に示される
契機となったもので、前回の当画廊での
個展に於いても、御覧いただいた
多くの方達に評判を呼び、また彼の作品の
コレクター層が、あらゆるジャンルの
方達に拡大する一因にもなった。
だがしかしその後の展開を期待する
多くの内野郁夫の支援者達の熱い眼差し
の中で、いまだ筆一本で自活出来るほど
十分な人気作家とはいえず、経済的に
ぎりぎりの生活を余儀なくされ、
およそ世間の流行や文明の機器などと
いうものとは無縁に近い状態である。
学生時代からのマラソンで鍛えた胆力が、
かろうじて健康を保ち、自らの内裡に
浮かぶ形象を、何とか画面に留めたいという
思いとは裏腹に、朝から晩までの
アルバイトの肉体労働による極度の疲労と
拘束の中で、 次の日の為に睡眠という
休息をとることで、その思いを
封じ込める生活が 繰り返えされてきた。
限られた時間の中で描く作品にも
新鮮な感動が薄れてくる日々、
そのことはまた画家として全うしたいと
いう意識と交錯して焦躁と
自己嫌悪に陥るのであった。
こんな思いを裁ち切らせ、精神の
養生をさせてくれるのは、幼少時代から
歩き慣れてきた自らのふる里ともいえる
丹沢山系の山々であり、
そこをトレッキングしながらブナや
クヌギの自然林をぬけ、自生する野草達
との遭遇の時間帯であった。高校時代から
神奈川県下の有数の走者であり、
「箱根駅伝」を当時の中村監督の下で
走りたいと云う願いが早稲田大学の
政治経済学部へ進ませたと云う変わり種の
この画家は20kmや30Kmを走行する
ことは苦にならない。
無駄口やめったに冗談を云わない彼も、
スポーツや山の話とくに森や山野草の話
になると非常に饒舌になる。
シェーネ画廊主との話は、もっぱら、
山野草など植物の話と、陸上競技の話に
終始して時を忘れることが多く
時には、シェーネ画廊主宅に宿泊する
羽目になるほど深夜まで語り合うこともある。
普通人がすぐ忘れてしまうような野草の
名前や種類などに関しても、その驚くべき
正確な知識を持ち併せ、洞察力も優れている。
多くの文芸誌に彼が投稿した『森』に
ついての記述からも彼の森に寄せる限り無い
愛情と優しい画家の視点が見られる。
とは言え、マンネリズムは怠惰な気持ちを
育み、腕から先の技術だけで
安直に作品を作ることで、作り手は達成感を
昇華させ安堵し、結果的に作品は光輝が
失われてくる。凡人の画家は、
ここ留まりであるが、内野郁夫は今、
一つの岐路に立って、もう一度自ら
画家になることを希求した日の
原点から見直そうとしている。
しかしそれはかっての時代に戻る作業では
無く、画家・内野郁夫自身が永い年月
抱えてきた思いを現時点で問い直し、
内野郁夫の画風を真の意味で確立するための
作業でなくてはならぬ。
今回、何度も描き直し仕上げた「残照」や
「想い花」、青春の日々を回想した
「カンタブリアの家」「街角」そして
彼が最も解放され自らを取り戻せる
自然とのふれあいの中にあって
その感動をキャンバスに塗り込めた
「早春記」や「晩夏」ならびに「道標」
や「来夏」などの一連の野草を
モチーフにした作品などはいずれも
彩度が低い作品である。
一見地味で寡黙に見えるがじっとみていると
少しずつ味わい深いものに変わり、
愛おしい気持ちがこちらにも
伝わってくる佳品である。お洒落とか流行を
追うなどとは無縁のような生活態度の
芯の強さと優しさ、幅広い交友関係を
持つ、まさに実直な内野郁夫自身が
具現化されたものと云っても
さしつかえ無いだろう。
さらに内野のいう夕焼けの空を連想させる
茜色や美しい虹色にさらっと水彩で
描いた背景の中に小品のコラージュを
点在させた断章シリーズの作品など、
挑戦的な新規の試みも今回し始めた
ところをみると、殻を破った
新生・内野郁夫の誕生も近い気がする。
楽しみに待ちたい。
2000年霜月   寒い朝


<<2000年7月7日~23日 藤浪 理恵子展覧会に寄せて>>
「未萌芽」

   


藤浪 理恵子の視線の先にに在るものを、
見てみたい。この不可解な画家の
求めるところは、在世する何ものでも無い
のかも知れぬ。この思いが私の胸中を
廻るようになって久しい。
私の画廊では、今回で2度目の個展である。
知的で雄弁かつ直截的で理に優りがちな
堅物かと思うと情熱家で人にほれ易く、
細やかに気遣う神経を胸に秘めて、
敢えて剛胆で華麗に振る舞う情の人である。
大いに怒るかと思うと、人真似が上手で
パーテイの席で皆を笑わせる道化を
演じたりもする。期限が迫った作品や原稿を
仕上げる為に工房に籠らねばならない時でも、
誘いがあれば無碍に断ることも出来ず、
ついつい今宵も飲ん兵衛がくだ巻く集まりに
のこのこ出掛けて賑わいの中で時を過ごし、
結果その後、毎夜の徹夜作業を
余儀無くさせてしまう。
どんな時でも、いつのまにか主役の一人に
なって先頭を走る。楽しくて、
人なつこくて、おこりんぼで、
話出したら止まらず、人を退屈させない、
一寸寂しがりやの本当に魅力あふれる
パッションの画家なのである。
確かに付き合いの長さに比例して彼女との
親しさは増しているのだろうとは思う。
されど彼女は私には交際の表面上の
理解ではどうしても説明の出来ない、
初めて会った時と少しも変わらぬ、
不可解で新鮮な驚心の画家なのだ。
今度の展覧会も、こうした彼女の精神と
性格に基づく創作姿勢から生み出された
新作に、私が心動かされたことに
起因している。
銅版画家としてデビューを果たした彼女は、
これまで銅版画という紙の作品に
とどまらず木や漆喰を用いた
ミックスメデイアによるコラージュの作品
なども発表して来た。そしてまた親しい
音楽家達と協力して制作した立体的な
作品やコンサートの演出なども度々手掛け、
多才な彼女の側面が美術の愛好家達は無論、
小説家や劇作家、詩人、音楽家達に
これ又好評を博し様々な趣味を持つ
好事家達からも熱い視線を浴び始めている。
今回は、銅板の上に直接テンペラ絵の具を
用いて描いた初めての個展である。
彼女にとって、銅板は常に銅版画を
制作する為の刷りの道具である
以上の意味合いがあるらしい。
一般に銅版画家達は、限定の部数を摺刷
し終わると、版を廃棄処分するのが通例
であるが彼女には、この腐食された銅板を
捨てるに忍び難い愛着と感慨が湧き、
むしろ美しいとさえ思えて、
専用の棚に並べて収納し時折引き出しては、
眺めて楽しむそうである。この度、
一連の作品として誕生するに至った経緯も
こうした彼女の習癖に因るものである。
思うにこうした彼女の行動をみると、
稀にみる程自己愛の強い作家なのだと
思われる。ある種のナルシシズムを
持ち合わせた画家だからこそ、
自らの内へ内へと鉾先を向けて
自身及びもつかないような深遠境地に
到達する快感に酔いしれた時の自己実現を
忘れることが出来無いのであろう。
作品が出来る喜びでも産み出す辛さでも無く、
自身が制作活動に埋没している刹那の
無意識の精神状況がたまらなく愛おしく、
自らの才能と個性と生命の証となる表現を
その時こそ認識出来て自身が麗しく唯一の
存在に見えて来るのでは無いだろうか。

だから完成した作品よりもそのような
自分に高めてもらえた素材を、
誰が言おうとそんなにあっさり捨てる気など
毛頭おこる訳が無い。
況んや、他人がそれを否定したり
誰かと比較して較べようものなら
とても我慢が出来るものでは無い。
「無礼者」として切り捨てるだけである。
何故なら画家、藤浪理恵子は
唯一無二であることを、その人が、
なまじのしったかぶりの知識で
抹殺しようとしたからである。
今回の展覧会のサブタイトル「未萌芽」は、
実は、探っても探ってもあてどない
画家、藤浪理恵子の特大の心の裡を
表していたのだ。
昨日あれほどに、掴めて感動したはずの
思いが今日は、どうにも実感が無い。
彼女の貪欲なまでに旺盛な意欲は、
次々と新しい情念を立ち上がらせ、
それまでの至福の刻を覆い尽くし、
またぞろ新たな迷宮の深奥の淵が
見えてきて興味がそそられるのだ。
ここに描かれた生命体は、普通の人には、
なんの変哲も無い身の回りに
見られる植物に過ぎない。
然るに彼女には、無限の世界に在るものへ
自らを導き近付かせる重要な鍵を
いくつも抱えたエネルギーの塊なのだ。
もはやじっとしてはいられない。
見つめているだけでわくわくとして
血がたぎる。
この思いは言葉では語れない。
つまるところこれらの作品は、
植物生命体の形を借りて、
画家、藤浪理恵子自身の内宮を直視した
表現に他ならない。
だからこそ「至」「対」「慥」「睦」
「奏」「寧」「容」などイメージとして
茫洋と浮かんで来ても
決して限定的に狭義な意味を持つことの無い
漢字一文字の題名こそが、
この抽象的かつ複雑な自分の
感慨を表現する言葉として正鵠であると
首肯出来るのではないだろうか。
彼女が今回発表したほとんどの作品は、
6号大以下の銅板テンペラの小品である。
が、一人の画家としての範疇を超えた
稀有の大樹の魂を持った創造者としての
エネルギーが、摩訶不思議で、何やら
怪し気なこれらの一連の作品を観た者に、
小宇宙を覗いていた積もりが、
いつの間にやら無限の奇想天外な世界に
彼女と共に足を踏み入れて、
語り合い探り合いしている中に、
エロスと迷宮の府とは、
さもありなんとすっかり享受させられる
はめになってしまうのだ。
はじける一歩手前で踏み止まり
膨大なエネルギーを擁して
「未萌芽」の儘で我々の前に屹立する、
憂えるパッションの画家、
藤浪理恵子自身の真骨頂が端的に
表現された作品群であると言えよう。


<<1999年11月1119日~12月5日 山本 靖久展覧会に寄せて>>
「四季・二十四節季」



当画廊では、95年以来2回目の個展である。画家、山本 靖久氏は、このところ彼の所属
する主体美術協会だけでなく、
低迷する美術界の中にあって光彩を
放っている若手の作家の一人である。
そう思っているのは、
わたしひとりだけではなさそうで、
この2~3年あちこちの画廊での催しや
グループ展への出品以来の要請が多い様子で、
先日展覧会があったばかり
なのに又案内状が来たりすると、
目を離せない画家であると考える連中達が、
増えてきているのだなと思う反面、同時に、
追われる仕事に忙殺されて作品の密度が
希薄になりはしないか、同じような作品を
くり返す仕儀になりはしないかと、
老婆心ながら気になったりもする。
今度の個展を、開催するにあたって、
約2年ほど前におおまかな打ち合わせした
段階で考えたこともこの充実度のことで、
画家山本靖久のすでに知られた顔だけで無く
彼の新天地への挑戦を織り込めるような
企画でなおかつ、画廊シェーネの
小スペースを活かせる個展にしたいなどと
話をすすめる内に、作家はこれまで
決められたテーマで一連のシリーズとして
作品づくりをしたことが無いということから、
この最もポピュラーなテーマが
選ばれることになった。
蓋し、我々の住む日本は、
幸いというべきか、温帯地方に属し、
一年春夏秋冬、変化に富んだそれぞれの
魅力ある季節の彩りを十分に味わえる
恩典に浴されている。
もっとも近ごろは、地球環境全体が、
文明のいたずらな発達によって冷夏や
季節外れの台風や今年のような
10月末までの猛暑があったりと
渾沌としてきて、季節感が危うなって
来てはいる。しかし古来より微妙な
この四季折々の変化を享受し生活習慣に
取り入れることによって、我々は、
先祖伝来より培われてきた日本人の
美意識を育み継承してきた。・・はずである。
思うに、この頃の具象系の団体展を見ると、
カオス(混沌)とやらで、やたらと彩度や
明度を落としたり厚く塗り重ねた
人体表現は、不可解な化け物を描いた
としか思えないような作品ばかりが
目に付いて「もういい加減にして欲しい」
といいたくなる程、疲れてしまう作品が多い。
そうかといってきれいきれいな絵ばかりだと、
現実こんなはず無いよと歪んだ心も
起きない訳でははないが、、、、。
いずれにしても一年四季をさらに二十四に
区分命名し、それぞれの季節をそれぞれの
もてなし方や迎え方でメリハリをつけて、
気が付くともうこんな季節になっている
という曖昧模糊でいて、なおかつ明瞭な
日本人の心情を、私は好きであるからして、
このもっとも古典的でかつ普遍的なテーマを、
山本さんが描いてみますと約束を
くれた時、あの和えかな色合いの山本靖久の
絵画表現が、どのように展開するのか
密かな楽しみでもあった。
約束の個展の時期が次第に近付くに連れて、
途中様子を聞いてみると、下絵の段階で悩ん
でいるのでなかなか本画に進めないという。
これまでは、山本さんは制作にあたり自分の
内部にある真実だけをみつめてそれを
具象化し、またバリアントなどを描き、
練り直すことで解決の糸口を見つけて来た
ようであるが、今回は、初めに決められた
主題が厳然としてあることで、
その限定された枠を破らずその主題に
沿いながら、しかも自分のこれまで
描いてきた世界をどこで活かし、
又どのように省略すべきか、
二十四点すべてが独立した主題であるだけに、
その取捨選択に悪戦苦闘している
ような話振りである。
安易に引き受けてしまったがこれは
容易では無いと若干後悔している
風にもみてとれた。

そんなこんなで、最初の約束の
展覧会開催時期を2週間程遅らせる
ことになったが、それでも展覧会初日の
早朝まで徹夜続きの作業で、やっと全作品を
揃えることが叶った。さすがに疲労で
やつれた青白い顏にも、このときばかりは
うやく若干の笑みが見えたが
文字どおりこれは近年の労作なのである。
この一連のシリーズを制作するにあたり、
私は、彼が満足出来ない作品にどんどん手直
しを加え妥協せずに描きすすめていく過程で、
主題と自らの内的なものを次第に統合
充実させて、内なるみずからの開かれずに
いた扉をゆっくりと静かに
押し拡げていっていることに気が付かされた。
彼のこれまでの作品には見たことが無い、
いくつかの作品が産まれているのである。
例えば「黄鴬けんかんす」「牡丹華咲く」
「蓮始めて華咲く」「金盞香ばし」などは、
人物を描かずして、山本絵画の自らの
作品世界の本質とも言える神秘的な気と間が
表現出来ているし、「虹始めてあらわる」は、
遠近法を丁重に駆使して虹の描く弧と相まって
オーソドックスながら実に見る者を
心地よくする世界にしている。
「けつ魚群がる」では、鮭を持つ人物の
太い左腕がクールな顔の表情と背景の
長く緩やかに続く川の流れとは対照的な
力強さにあふれ、夕焼けの空に呼応した
平和で揺るぎない生活のシーンを
喚起させてくれる。これまでの
山本作品の中にはこれらのような明解な
作品は、あまり見たことが無い。
「霞み始めてたなびく」「菖蒲華咲く」などの
茫洋とした淡い色彩の中に人物が溶け込む
作品は、これまでにもみられたものであるが、
いずれもこれまでともすると感じさせる
明瞭な宗教的匂いが無く、淡々として
気持ちを和ませる。
特筆したいのは「桐始めて花を結ぶ」で、
ほとんどグラデーションのみの美しい色彩で
いとおしい和えかな刻の営みを
表現していることである。
「菜虫蝶と化す」「寒蝉鳴く」「玄鳥去る」
「雉始めてなく」などは、これまでの山本
世界の延長線上にありながらも虫や鳥など
主題をさりげなく巧みに配してこれまた季節感を
上手く表現することに成功している。
「桜始めて開く」「雷すなわち声を収む」
「朔風葉を払う」などの動き感じさせる世界も
音の調べまでもが観る者に
伝わるような情緒がある。
その他、いずれも1点1点主題とまっすぐ
向き合って丁寧に仕上げている点は、
好感がもてる。こうしてみて行くと、
彼は、ひょっとすると追い詰められると、
自らの能力をどこまでも如何無く発揮するタイプの
作家なのでは無かろうかと思えたりもする。
今回の作品群が、彼の現時点での一時の
所産であるのか、或いは将来へのより大きな実り
を熟成させるための培養土となるのかは、
画家山本 靖久自身が決めていくことではあるが
この制作にかけた一途なエネルギーと困苦は、
なかなか体験できる事では無く、その結果
生まれたもので、小品シリーズながら
作家30代なかばの精と魂が凝縮された秀逸作品
という意味で1点1点の細部のことを
何だかんだと問題とするより
この一連のシリーズを
一つの一大叙事詩のようにお考えいただきながら
御鑑賞いただければ企画者として本望です。
寒い朝 展覧会初日


<<1998年5月>>(藤浪 理恵子・初版画集発刊記念展に際して)

藤浪 理恵子と初版画集「ドミノ」(フランス人気質)について

なにやらもの憂げで、妖し気なそのうすぼんやりした人物像の作品に、
おやっと心惹かれて、その作家の名前に注視してからもう10年以上の
歳月が過ぎているかも知れない。新人というふれこみにしては、
ばかに老成した作品を描く作家という印象を持った。
以来、藤浪 理恵子という名の画家が、私の脳裏に刻まれた。
どちらかというと人物や顔を描いた作品は好きだと自分でも思うが、
特別意識して蒐集しているわけではない。気が付くとそれを選んでいる
というのが実状である。藤浪 理恵子の作品もそのほとんどが
人物像であるが、特に人物にこだわっているのではなく、頭に浮かぶ
興味ある題材を絵にすると結果的に人物像になっているのだと
彼女はいう。藤浪 理恵子のどこに魅力を感じるかというと一概に
申し上げられないが、私がすでに遠い記憶の中に留めて、
もう忘れかけていたあの懐かしい感覚を想起させてくれるからとでも
いえようか。彼女の描く人物像に、精緻で迫真の描写力があるわけでも、
説得力のある強烈なリアリテイがあるわけでも無い。
だからといって甘美で夢想するようなロマンチシズムに満たされていると
いうことも無い。あぶり出しのように、ある時間の経過と共に
じっくりと像が浮かび上がってきて、いつのまにか観るものの心の中を
満たし、占有してしまうのだ。彼女の作品の人物の眼は、大抵うつろで、
視点が定まっていない。曖昧摸糊としている。
いったい全体あの三白眼はどこを見つめているのだろう?
曖昧さは、眼に限ったことではなく手や体の動きにもみられる。
しかしながら、このあいまいさゆえに、作品が広がりを持ち、
くどくどした説明的な枝葉末節が、省略出来て、画面を陳腐に
させないのだとしたら、 それはそれで彼女の作品を特徴付けて
いることになる。詰まるところ、彼女の画家としての態度が、
閉息された人間社会のひとりひとりの個を見つめる姿勢は失わず、
しかし肉迫するほど近付き過ぎず人が人としてなじめる距離を逸脱せず、
自らの裡に沸き上がるごく自然の情を淡々と表現してゆく。
そんな自らの条理に素直な当を得たやり方を画家、藤浪 理恵子は
当たり前に行っているのだと思う。しかしこのことは、ともすると、
不確実で未成熟で奔放な情念の生成過程で育むべき新芽を途中で
摘む抑止力が働かないとも限らない。十分に昇華してゆくはずの
可能性を秘めた美意識を、狭量なナルシズムで封じ込める危険性を
併せ持っている。しかしながら行き過ぎもせず不十分でもない
この混濁したような世界が目下のところ、人の理にかなうほど
よい魅力になっていることは確かである。
その意味で、彼女が行う様々な表現方法の中で、刷の偶然性に期待が
出来る銅版画という技法は、彼女の特性をより的確に伝えることの
できるメデイアともいえる。しかも彼女がこれまで、細部に
こだわるメゾチント技法をあまり多用せず、若干恣意的な部分を
弱められるエッチングなどの技法を好んで選び制作してきたことも
頷けるのである。藤浪 理恵子自身の造形言語と言える人物表現が
生まれてくる生成途上の段階として現時点を見たとき,ここに優れた
作家の持つ資質と可能性の発露をみて良いように思う。
今回の画廊シェーネでの個展では17世紀ロココ時代を代表する
クラヴサン曲の作曲家、フランソワ・クープラン(通称:大クープラン)
の代表的クラヴサン曲集である「ドミノ」12曲の音色が連想させる、
人間模様を、13点の銅版画で描いた彼女の新シリーズの作品を展覧する。
これらは、藤浪が生涯で初めて、音楽の中の絵画性に着目した作品群で
(あるいは曲の題名と聴覚から派生したものを視覚言語で捉えなおした
彼女の内的な創作テーマといっても良いが、、)
彼女のこの曲集に寄せる熱い想いを是非にも伝えたいとする意欲作
なのである。彼女がそもそもこの曲集に関心を持つようになったのは、
彼女の友人である演奏家、武久源造氏の依頼を契機に彼のリサイタルの
曲目であるこの曲集に振り付ける踊りや光などの構成による舞台美術の
総合的な演出を引き受けたことに拠っている。
彼女は、この曲集の表す、ドミノの仮面の色に因む色彩と人格描写に
大いに惹かれた。曲の意味する限定された枠の中で、主題の人物を
想定し作品に仕上げていく過程で、これまで自然に頭に浮かぶままに
描いてきた人物像とは、全く別の人間を描ける面白さに気づき、
これを自分の作品として残しておきたいという衝動に駆られ、
あらためて約1年半の歳月をかけて構想を練り直し仕上げたのが、
これらの銅版画である。
この曲集の底流に流れる男女の人間模様は、これまで彼女が文学や
聖書など、他人の造った文章を頼りに頭の中で論理的、言語的に
制作してきた作業、つまり脳生理学者スペリーの云う常識や知識などの
理性に関わる左脳中心の発想を駆使せざるを得ないロゴス的制作から
解放され、いわば彼女自身に内抱する未知もしくは無意識のパトス的感性に
働きかけて制作することをより可能にした。
これまで出来るだけ隠蔽しておきたいと思っていた女の情念も、従って
前面に押し出すことに戸惑いがなくなり、この何とも典雅という他ない
「ドミノ」の曲集の音色から連想されるイメージの中で遊べる
楽しさを味わい、同時に彼女自身の閉息した日常性を打ち破ることが
出来たのではないのだろうか?例えば、「はじらい-ばら色のドミノ」の
作品にみられる女性の髪について、彼女は、「これまで女性の髪は
女の一部でしか無いと考えると、女の象徴として描くことに抵抗があった
ので描いたことがなかったが、今回この作品の中で、はじらう女性の
一瞬を描こうとすると描かざるを得ない心境になった、これを
きっかけに今まで極力排除してきた女性の部分を目一杯出そう、、
身体全体で表現すべきだと、、この音楽が教えてくれた」
と語っている。彼女はこの作品の制作にあたって、クープランの
生きた17世紀から後半のバロック・ロココ時代の社会状況や衣装
についての学習をかなりしたという。この音楽の作られた時代を
ただ単に知識として知るだけでなく、我々が先祖から連綿と
受け継がれてきたDNA因子の門を感性を指標に、ひとつひとつを
紡ぎ出しながら、だれもが簡単には行き着けそうもない未知の領域に
足をのばし、生命と自らの真実に辿りつく為に、すっかり17世紀人に
なりきり作品の中に自らを立たせることで、現実感を確実に
享受出来たのだろうと思われる。
彼女が意識しているのかどうかは分からないが、視点の定まらない
作品の登場人物の、あの三白眼は世紀を超えたところを見つめる
藤浪 理恵子自身の眼なのかもしれない。
今後、彼女が画風を大きく変化させるかどうかはわからない。
しかしこの作品「ドミノ」したことで得たものを元に彼女が自らの、
まだ見ぬ眠れる才能に火を点して、より広く大きく深くなっていく
ことを願わずにはいられない。
1998年 藤の花の咲く頃

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