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画廊シェーネの
『たまさか よもやま考』
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★2016年4月

-ショパン嫌いのグレン・グールド-

グレン・.グールドが弾くあのバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を初めて耳にした時、
これまで聞いた多くのピアニスト達の演奏とは、隔絶し、
鼻歌まじりで軽く叩く演奏方法 やその風貌と姿勢は無論、聞き覚えのある楽曲は、
まるで違ったものに聴こえ、私には、こんなピアニストが世界には、いるのだと衝撃的であつた。

その明快なテクスチュア 、透明感のある音質 は、威厳ある低音部の基調を崩す事無く、
幼い頃から色々な処で、オルガンやハープシコードで演奏され、聴き慣らされ鈍くなってしまった私の感覚、
すなわち「頭から足の先まで、全身が、重厚かつ尊厳のある特殊な情緒で包む込まれ、
いつしか遠い彼方のメタファーな朧気な世界に誘われる儘、鬱陶しさを感じつつも、どっぷり浸かってしまう感覚」が、
この時、完全に覆されたのだ。

こんなにも軽快な独特のリズム感の中では、陳腐なメタファーな世界は、
もはや現実的な気負いの無い世界に早々に駆逐され、その中で、快適に楽しんでいる
自分自身に気が付いて、新鮮な驚きを禁じ得なかった。
この時、事情通から遅れること10数年、遅ればせながら天才の存在を私も知ることになった。

ご承知のように、グールドは、大袈裟過ぎるとして、極端にショパンを毛嫌いしていたようで、
生涯で数えるほどしかショパンの曲は弾かなかったそうである。
が、ドラマチックな展開のショパンの曲の多くを、決して嫌いではない私にとつては、
様々な分野の大概の天才の持つ気質とも言える特性・・・
つまり、一時の流行のようなものや、
奇を衒って他人を惹きつけようとすることなどに関心は寄せず、
時代を超越する芸術至上主義の本質的なものの考え方を、
グールドも又、頑なまでに死守する性格の持ち主であった事が
きっと起因していたのだろうと想像するに難くは無いが、
このロマン派のもう一人の天才作曲家ショパンを、なぜグールドがこれほど嫌ったのか?
本当の理由を知りたいと、かねてより思い続けてきた。

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少し余談になるが、昨年(2015年)12月から今年の1月にかけてNHK BSで
放映された「もうひとつのショパンコンクール〜ピアノ調律士達の闘い」は、
私には、大変興味深く、これを見ていて思ったことがある。
グールドの遺した記述や資料によると、
晩年、ヤマハのピアノで演奏したこともあるらしいが、グールドは、
永らく愛用していたスタインウェイの特別のピアノを
運送業者が不慮の事故で、破壊してしまう迄、調整をし続けた
お気に入りのこのピアノ1台のみしか使用しなかったそうである。

彼がもし生きていて、今のヤマハのピアノでショパンの曲は弾かないまでも、
ヤマハのピアノのアクションをどう評価するだろうと感慨深かった。

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人は、不思議なもので、自分と対極にあるような生き方の人物と、親交を厚くすることはまず無いが、
相手が極めて優れた魂の持ち主の場合、逆説的に、強い関心を持って注視していることが多いので、
グールドは、ショパンの人間性そのものは存外嫌いでは、無かったのかも、、、、、、などと夢想している。

2016年4月桜雨の日        画廊シェーネ 店主   奧田 聰 拝
(2016/4/4FaceBookへの寄稿文を一部、誤字他を訂正)

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