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画廊シェーネの
『たまさか よもやま考』
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★2015年1月
ーアンドレイ・ルブリョフ回想ー

2014年、年末、久しぶりに正月の合間を過ごす為、
「たまには、観賞用ビデオでも借りてみよう」という気になって
近所のレンタルビデオ店に立ち寄ることになった。
棚を漁っていたら、「アンドレイ・ルブリョフ」の文字が
目に飛び込んできた。
昔、モスクワに出張した折、現地の美術家同盟の職員が、
モスクワ近郊の街、ザゴルスクにあるセルギエフ修道院へ
案内してくれたことがある。
あの世界の最高峰といわれる15世紀のイコン画家、
アンドレイ・ルブリョフをはじめとする聖像画家達が
描いてたという壁画の前で、
特に、ルブリョフの最高傑作といわれる「聖三位一体」について
熱い説明を語ってくれたことを思い出した。
作品は、現在、モスクワのトレチャコフ美術館に移管収蔵されて、
今尚、この美術館のメイン作品のひとつとなっている。

イコンについては、その頃かなり興味を持っていた。
当時、日本におけるイコン研究の第一人者であった濱田靖子さんの
話なども伺い、又、彼女他のいくつかのイコンに関する著述書を読んで
一応の理解をしていたと思ってはいたのだが、
ウスペンスキー寺院をはじめ、ノブゴロドの寺院などでも
数え切れないほどのロシア正教徒の聖像画家達が描いた作品を
暗い収蔵庫の中でまじかに、手にして見たり、
荘厳なミサの最中に、頭巾を被った婦人達が、祈りながらイコンに
優しく口吻する姿を見るのは、
布教活動が制限されたソビエト連邦時代にあっても、その空間だけは、
はるか14〜5世紀の悠久の時代に完全にタイムスリップしてしまった
ような錯覚に陥り感動的であった。

その時に選品選抜した14世紀頃の大きな板絵イコン他をメインとして
当時勤めていた画廊の企画で、(おそらく日本で初めて
本格的に紹介した展示会と理解しているが)200点を超える作品で構成された
「ロシア・イコン展」を開催し、新聞各紙やテレビニュース
などで大きく取り上げられた。
会場が、オープンすると、初日から息せき切って
飛び込んで来たお客がいた。
「あ、、、あの〜・・・コイン展の会場は、どこですか?」
「はあ〜?・・・・」「コインです。コイン。ここに書いてあるコイン・・・」
看板をよく読んで途中でその客が気が付いた。「イコン・・・・何だ!これ?」

又別の客が、飛び込んできた。「インコは、どこにいるんです?
私、インコを飼っているんですが・・・・」「・・・・・・・??・・・・」
当時の多くの日本人には、一部の美術通やカソリック教徒などを除き、
「イコン」という言葉すら聞き慣れなかった時代の話です。

私が敬愛する、安徳 瑛とは、当時知り合ってから
間もない頃であったのですが、
この企画に大変興味を抱いていて、私が舌を巻くほどイコンについての
巾広い知識を持っていることも分かり、大いに意気投合しました。
しかし日本の多くの画家は、かなり高名で大学教授クラスの人達ですら、
頓珍漢な知識や偏見しか持ち合わせておらず、私はかなり落胆いたしました。

先のビデオ映画の中で、ルブリョフは、高名なイコン画家グレクとの
口論の中で、無知な人民の愚かさを前にして、神に対する畏怖の念
によって信仰が支えられるので自分達イコン画家は、神のために
描けばよいのだと主張するが、
ルブリョフは、無知な人間でもただ神を怖れさせる事ではなく、
未来への希望を目覚めさせるようなイコンを描くべきであると主張する。
兵士に強姦されそうな女を救うために殺人まで犯してしまうルブリョフ。
無言の勤行を続けるなどして苦悩するルブリョフは、やがて力を持たない
ひとりのちっぽけな人民である鋳物師の息子が、大公からの命令を受けた
鐘造りに苦しみながらも成功したことで、自分のなすべき仕事
(イコンを描く)に目覚めていく。

2015年、近頃、富める者と富まざる者との格差が益々拡大して来ている
事に加えて、多くの災害や原発事故等などをはじめ
精神的苦痛と経済的貧苦で悩む大勢の日本国民達に
アベノミックスの第3の矢である「成長戦略」が、
ルブリョフが希求したような明るい未来像を描くことに
本当に繋がっていくのか、その真骨頂が
試される時がいよいよ始まろうとしている。

画廊シェーネ店主 奥田 聰記 2015年正月・快晴の日


アンドレイ・ルブリョフ作「聖三位一体」


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