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画廊シェーネの
『たまさか よもやま考』
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★2014年2月

「老い」

画廊 シェーネも、2014年の秋でで31周年を迎える。

幸運なことに、「銀座の画廊勤めの時からの延長線上のまま、
ずーと退屈しない毎日で、概ね大過なく、続けて来れた」という風な感覚で、
時の経過に、どうしても実感が湧いてこない。
自分が徐々に、しかも着実に、一年毎に、年老いているのだということを忘れていた。
というよりも、そうした考えも起きない儘、安穏と過ごしてきたのだ。

既に、両親も、当画廊主がその感性に共感・ほれた画家・安徳 瑛も、亡くなり
懇意にしていただいてきた、旧い顧客も、故人になつてしまった方が増えている。
覚悟のほどは、あつたとはいえ、身近に感じていたものが、
ある日突然消えて無くなることは、暫く、寂寞の感致し方なく、日は過ぎる。
4年半前には、高校時代から続いて来た最良の友を、不意に亡くした時は、
さすがの自分もかなり長期に落ち込んだ。

それでも、以前同様、毎日変化のあることに興味を持ち、
無い頭をしっかり絞り、新しい事に挑戦しだしたら、
どこに出掛けなくても、ただ夢中に、何時間も
そのことに集中出来る性格が幸いして来た。

毎度のことだが、こんな時、妻の言葉は、ほとんど虚ろに耳から抜けていくため
後で、必ずトラブルを引き起こすことになる・・・・・・・
以前と変わらない自分の儘、ノー天気に過ごして来たのだ。

最近、中学から大学までの「同窓会」の案内状がよく届く。
幹事に連絡を取ると、
また一人また一人と同窓会名簿から知る名前が消えている。
心に寒風がスッと過ぎて行く。、、、、
昨年、どうにもこうにも見難くなつてきた眼の白内障治療手術を
妻の執拗な薦めで、とうとう受ける羽目になって、
「自分も、もうそんな年になったのだ!」と否が応でも、
「老い」意識することとなった。

さらに申せば、
近頃、近所で出会う、明らかに、私よりもはるかに年上と思われる、
白髪の ( 我が家系は幸い皆、髪の毛に、白髪も目立たず量も多いので両親に感謝というところか?)
ご老人達から親しげに声をかけられる。
決まって云われるのが「お元気ですね!精が出ますね!若いね!」とほめられる。(?)
若者に「若い!」という時は、非難を込めて言う時だけだから、
褒め言葉として声をかけるのは、
自分と同じ世代と考えられているからだと思うと、
あまりこの褒め言葉を素直に嬉しく思わないのは、
私がへそ曲がりのせいだろうか?

毎朝、脂肪分や、体内年齢が表示される体重計で測定すると
15〜20歳くらい実年齢より、若く表示されるので、
「ほっと」して勝手に悦に入っている。
そして、これが実年齢に近づいたら「要注意、危険の時!」と
自分に、よくよく言い聞かせている。

(2014年2月初旬、厳寒のシベリアのように吹雪く、画廊の主が最も苦手な西東京の冬)



安徳 瑛作「過ぎし日」油彩


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