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画廊シェーネの
『たまさか よもやま考』
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★2014年1月

”屈折した心”

ある懇意にしていた女流画家(A女史)が、ある時、語った話をしましょう。
かつて、私が取り扱っていた、彼女とは、別の女流画家(B女史)から個展の案内状が届いたので
早速、展覧会期間中に尋ねると、久しぶりの再会に、彼女は笑顔で迎えてくれ、話が弾んだ。
そこに、B女史の先輩でやはり私が知る男性の画家が訪ねてきて、二人の姿を見て、近づいて来ました。
すると、B女史は、急に黙りこくり、「奧田 さん、ちょつとやらなければいけないことを、思い出したからと、、、、」
そそくさと、姿を隠してしまいました。変だなと思っていたら、
その男画家が、
「何だ、久しぶりに会いに来たのに、ろくに挨拶も出来ないんだ、、、、」とおかんむり!、、、、
私は、この先輩画家のことをよほど気に入らなかったのかとは思ったが、B女史は、すでに
それなりに名前も知れてきたのにちょつと大人気無いと、嫌な感じがした。、、、

ある日、この時のことをあのA女史に話をしたら「奧田 さん、それ違うよ!、、、
まだ力のない若い頃、その先輩から、ずーと余程いじめられたんで、今仕返ししてるんだよ!、、、、」
なるほど、気軽に先輩ヅラして、諫言などしていると、「屈折した心」の持ち主が、時を得て、力を蓄えて
いつの日か、当人から、今、流行りの「倍返し」の憂き目に会いかねないのだ。
「傷ついた女心には、忘却という言葉は、無いのだ!」と、心に刻んだ次第である。


 

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