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以下の文章は1997年に当画廊で行われた
第1回平澤 重信のガラス絵展時の挨拶文です。
今度の展覧会の『個展によせて』と併せてご一読いただければ幸甚です。

The Greeting at the time of the Exhibition in 1997


画廊シェーネ 店主 奥田 聰 敬白
Galerie Schoene OKUDA Satoshi






平澤 重信ガラス絵展によせて
“ 新しい芽が、ガラスに萌える ”(9/26〜10/15)



 平澤 重信さんからの電話は、たいてい夜である.
 平澤さんとの話は,いつも楽しい.取り止めのない話しの中にも、必ず彼の天性の詩情と知性を感じるのだ.
ところが今日は、久しぶりの電話の向こうの声の調子が暗く沈んで元気が無い.
  聞けば、息子さんがアルバ イト先で,不慮の重大事故に巻き込まれて重傷とのこと.夫人とともに、ここ半
年 ほど付きっきりの看病が続き、どこに外出することもなく、絵を描くことも、又気力もなかったのだと
いう.もっともなことで、ともかくも生きていて良かったという外は、慰めの言葉も無かった .....


 数日して私の画廊に訪れた平澤さんは、疲れた顔付ではあったが、とにかく何とか明るく振る舞おうとして
いる様子に、私は救われた.
 その平澤さんが、ガラス絵を描いてみたいという.話を伺っている内に、私は、このガラス絵への取組は、
ひょっとすると平澤さんの大きな転機になるのではないかと、思った.

 平澤さんの個展は、これまで当画廊で2回行っている.
 かつて私は、彼について、ある新聞への投稿の中で「私は、彼のアトリエを訪れる度に、この作家は本当に
生来の 天衣無縫の天才画家なのだと感心して、いつの日か素顔の平澤が知られることになるであろう」と
書き、制作途中の油彩作品の下地にみられる、作品のユーモアさやおおらかさに驚嘆したこ とを 述べた
が、画面を蔽い尽くす 仕上げ段階の色調については、せっかくのこの下地の面白さを殺し てしまう場合が
あるのではな い か、とそのカドミウム グリーン多用することには、疑問符を投げかけてきた.

 その後作風も変遷し、ここ3年程の間にみられる画面を被う黒を基調とした平澤さんの暗く重苦しい精神
構造 を思わせる世界は、確かに絵画性という点で、画面の統一と秩序をめざしたものともみられる.しかし
安心感はあるが、 若干画一的、古典的で佳作の矩をこえず、極め付きの作品は、生まれ難いのではないか
と、彼の才 能を思 うと 少々はがゆく感じていた.

 個展を急遽9月末に約束して3ヵ月、作品が何とか出来たという作家の連絡に、すぐにアトリエに伺った.
そこには、よみがえったあの平澤 重信が、私の前に予想以上の素晴しさで待っていてくれたのだ.
このところの、もやもやを払拭させるかのような画面、それは、平澤さん本来の持つ明快な色使いとあの
おおらかさ、自由奔放さの中にひそかに包含された知的な感性、これまで下地として描かれてきた 平澤 絵画
の 本質世界が、今まさにガラスの面上に生き生きとして花芽を付けていた.

 これは、作家にとって初めての試みとなるガラスという素材がもたらした成果というべきで、作家自身もこ
の 制作により、新たな創作意欲が生じたと語っている.
 わずかの期間に一気呵成に打ち込んだ、作家の意気込みと息使いが感じられ、それは題名の付け方一つ一つ
からも充分に汲みとれる.各作品、一見互いに脈絡が無いようにみえるが、「作品」「夜」 「人」「サヨナラ」
「樹」などでは、ともすると暗澹たる気持ちに襲われそうになる複雑な画家の精神構造をうかがわせ「DOG」
「男」「二つの実」「Tori」の中では、過去を振り返リたくなる衝動や俗悪な思いとの決別を意識して前向き
な闘争本能を優先させ、「新しい芽」「旅へ」「御代々」「スイカ」等の作品
は、安穏としたものへの憧憬
に傾いている.ここには交錯した微妙な作家の心理が反映されていて、実にみごたえがあり優れた作品の持つ
独特な芳香がするのである.

 ガラス絵は、ご承知のように原則、描かれた面の反対面を表面として見せる為に、形を描く際に、左右逆さま
に 描かねばならず、普通のキャンバスに描くのと異なり、色塗りも殆ど逆の作業工程を必要とする. このた
め 最初に黒とか濃い色彩で面を塗り潰してしまっては、その後にいくら明るい色や線を塗り重 ねても無意味
になる.ガラスの表面からの見え方に変化はでない.従って、手がける最初から、色彩のイメー ジ や構成
を十分に考慮に入れ、描く順序を間違え無いようにしねばならない.後での修正が難しいという技法上の特質
が、欠点でもあり面白くもある点は、透明水彩を扱う場合と一部共通点がある.
 然るに、ガラス絵のこの性質が今回、平澤さんの持つ本質を開花させることになったのである.
 珠玉のようなこれらの作品を初めて観た人は無論、平澤さんの作品を長い間観てきた人たちでも、眼 を 見
張 るような逸品揃いに思わず拍手を送りたくなるはずである.

 おそらく今後、このガラス絵の多くは、小品ではあるが平澤さんの生涯の貴重な作品のひとつに数えられる
に 違いない.
 将来、今回の展覧会が一つの作家の転機になった重要な展覧会であった、と解釈される日が来れば企画をした
画廊主としては、本望である.
          
1997年9月 残暑厳しい夏は、終わり

  
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